エネルギー転換によって国際関係が変わる

高橋 洋 都留文科大学 教授

2021年3月11日

in English

 この10年間で、エネルギーを巡る情勢は抜本的に変わった。気候危機の深刻化とともに、エネルギー転換が不可避になり、各国は再生可能エネルギーの大量導入や電気自動車の普及を、本格的に競うようになったのである。このような中で、国際関係も踏まえた日本の戦略的な政策判断が問われている。

エネルギー転換が進む

 最早、再生可能エネルギーには頼れないという声は聞かれない。発電コストが化石燃料より下がり、変動対策も段階的に措置されてきた。再エネの主力電源化は世界にとって不可避な選択なのである。今後は、再エネ電力を中心としてセクターカップリング(消費の電化とPower to X)が進み、電力システム改革はエネルギーシステム改革へと進化していくだろう。そうすると、エネルギーインフラが一新され、産業構造も激変する。供給企業も消費企業も、生き残るためにはこれに対応せざるを得ない。

 化石燃料、特に石炭の未来は明るくない。CCS(二酸化炭素の回収・貯留)が一定の役割を果たす可能性はあるが、コスト面と環境面の課題を解決しなければならない。原子力も同様である。先進国において、石炭火力も原子力も発電所の新増設がほぼなくなっているように、これら20世紀を象徴する集中型エネルギーは、経済的にも社会的にも受容されなくなっている。

 日本が拘ってきた水素はどうか?可能性は高い。欧州でも俄かに水素が注目され始めている。将来のエネルギー需要の半分を占める非電化部門(産業など)の主役として、またエネルギー貯蔵の手段として、期待されるからだ。ただ、現時点では商業化されておらず、コスト低減やインフラの整備には時間がかかる。また、水素は電力と同じ2次エネルギーであり、何から生成するかに留意しなければならない。欧州では、再エネ由来のグリーン水素が本命とされている。日本は、オーストラリアなどから褐炭由来のブルー水素の輸入を急いでいるが、これにはCCSの実装が不可欠である。

国際関係が変わる

 エネルギー転換は最早国内事情のみに左右される問題でない。2050年に向けて、エネルギー転換の進展は国際関係に構造的な影響を与えるだろう。

 エネルギー転換の最先端を走るのは、ドイツや北欧、イギリスといった欧州諸国である。欧州は以前から環境意識が高く、気候変動を巡る国際交渉を牽引してきた。近年は、脱石炭火力政策で国際的に連携しているが、目的は環境保護だけでない。ロシアなどに依存してきたエネルギー安全保障環境を抜本的に改善すること、洋上風力発電や国際送電、セクターカップリングといった次世代の産業分野で優位に立つことも、重要な目的である。

 中国は、更に覇権争いという目的からもエネルギー転換に先んじようとしている。世界最大の化石燃料輸入国として、エネルギー自立を確立するため、風力発電と太陽光発電の導入量で圧倒的な世界一を誇る。これら国内市場をテコに関連メーカーを育成し、更に電気自動車市場でも世界最大を誇る。「一帯一路構想」も含め、日米欧が牛耳ってきた戦略産業において、ゲームチャンジャーになろうとしている。

 これを迎え撃つ覇権国米国は、原油や天然ガスの世界最大の産出国であり、トランプ前政権はエネルギー転換に後ろ向きであった。しかしバイデン新政権は、2050年カーボン・ニュートラルを掲げ、気候変動枠組条約のパリ協定への復帰を宣言した。元々、起業家精神旺盛でイノベーションに強みがあり、テスラなど多数の先端企業を擁する。多国間協調主義に回帰するとともに、中国に対抗する意識も強い。米国が本気でエネルギー転換に取り組めば、21世紀のエネルギー転換時代にも覇権を維持できる可能性は高い。

 国際再生可能エネルギー機関の予測によれば、2050年に世界の石炭の消費量は87%減に、石油の消費量は70%減になるという(2016年比、エネルギー転換シナリオ)。世界の輸出額で2兆ドルを誇る化石燃料(2019年)は、加速度的に貿易されなくなる可能性が高く、純国産の再エネを中心とする時代には、国際関係も変わらざるを得ない。だからこそ、サウジアラビアが脱石油の取り組みを進めているように、外交的な思惑からもエネルギー転換を巡る競争が激しくなっている。

日本はどうする?

 それでは、日本はどうするか?残念ながら、日本は2020年まではエネルギー転換から背を向けてきた。再エネに本格的に取り組むよりも、石炭火力を維持し、原子力を復活させることを優先してきたのである。しかし、2020年7月に梶山経済産業大臣が「非効率石炭フェードアウト」を発表し、10月には菅総理が「2050年カーボン・ニュートラル」を宣言した。2021年3月現在、経産省はエネルギー基本計画の改訂の議論を続けており、日本も再エネを柱としたエネルギー転換を先導することを期待したい。

 強調したいのは、日本はエネルギー転換から最も恩恵を受ける国だということである。日本は、米国や中国、イギリスやドイツと比べても、以前から化石燃料の資源的基盤が皆無であり、10年前に原子力の事業的基盤が毀損された。一方で、再エネ資源は十分に賦存し、その技術的基盤もある。主要先進国が少なくとも脱石炭火力に雪崩を打つ中で、エネルギー転換に頑なに背を向けてきた日本政府の姿勢(図)は、特にエネルギー安全保障の観点から、筆者には謎であった。
 
図:脱原発と脱石炭火力に対する主要先進国・地域の姿勢
出所:拙著『エネルギー転換の国際政治経済学』。(カッコ内)は、以前から原発がない国。米国は今後第2象限に移動すると思われる。
 
 2021年1月に経産省の基本政策分科会で示された、2050年の電源ミックスの参考値は、再エネの5〜6割に対して、原子力と化石燃料(+CCUS)で3〜4割、水素・アンモニアで1割を賄うという。ドイツが2050年に再エネで8割であることと比べれば、再エネへの期待値が低く、対照的に現時点で1割に満たない原子力と皆無のゼロエミッション火力に、5割近くを期待している。

 筆者は、イノベーションの可能性を否定するものではない。30年後のことは誰にも分からず、リープフロッグ的な投資に挑戦するのも良い。とは言え、上記の電源ミックスが実現すれば、エネルギーの海外依存も集中型依存も本質的には変わらない。そもそも、10年前に再エネ大量導入を非現実的と批判し、「責任あるエネルギー政策」を標榜した論者が、ゼロエミッション火力の大量導入を力説する状況には、違和感を覚える。

 日本がエネルギー転換に取り組むのは、今回が本当に最後のチャンスである。国際関係や国際競争も十分に考慮し、再エネを中心とした「責任あるエネルギー政策」が選択されることを願いたい。
 

外部リンク

  • JCI 気候変動イニシアティブ
  • 自然エネルギー協議会
  • 指定都市 自然エネルギー協議会
  • irelp
  • 全球能源互联网发展合作组织

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