連載コラム 自然エネルギー・アップデート

自然エネルギーは止まらない
トランプ大統領のパリ協定脱退方針の表明に寄せて 英語版

2017年6月2日 大林ミカ 自然エネルギー財団 事業局長

 米国のトランプ大統領は、日本時間の2017年6月2日午前4時、米国がパリ協定を脱退する方針を表明した。世界第2の温室効果ガス排出国である米国が、200近くの国々が参加するパリ協定から脱退することは、大いに無責任かつ大変遺憾である。

 パリ協定は法的拘束力の強い国際協定である。先進国も途上国も、「世界の平均気温上昇を2度未満に抑える」という全体の目標に向けて行動することを約束し、今世紀後半には、人間活動からの温室効果ガス排出量を実質的にゼロにしていく方向を打ち出している。そのために、すべての参加国による排出削減目標の策定・提出と、達成のための国内対策を実施することを義務づけている。

 パリ協定が、先進国にのみ削減を義務づけた京都議定書から前進し、すべての国が参加する合意となった意味は大きい。合意にいたる交渉が成功した裏には、2000年以降、特に2010年代に入ってからの自然エネルギーの爆発的な普及とコストダウンが、途上国を含め世界の国々での排出削減を容易にしてきた、という事実がある。

 当初、自然エネルギーは一部先進国のものだった。70年代に米国から始まり、80年代にデンマーク、90年代にドイツ、2000年代にスペインで進んだ自然エネルギー拡大を支えたのは、発送電分離の促進など電力システム全体の構造改革と、固定価格制度などの政策的な取組だった。特にドイツでは、90年代から現在まで堅調に自然エネルギーが伸び続けており、各国の自然エネルギー政策のモデルである。ドイツの電力消費者が太陽光の伸びを支えたことが、太陽光産業の世界的な拡大と産業内での競争を促し、結果として技術改革と効率化をもたらし、太陽光発電の大幅なコスト低下に大きく貢献してきた。

 そして、今後の温室効果ガス削減の鍵を握る主要途上国で、今、急速に自然エネルギーの拡大が進んでいる。世界全体の太陽光の設備容量は、2012年末から2016年末で、約100GW(1億kW)から約300GW(3億kW)と3倍に増えた。2016年単年で、太陽光は全体で75GW(75百万kW)と大きな成長を見せたが、中国では35GW(35百万kW)の驚異的な導入があったとされる ⅰ 。太陽光のコストも大幅に下がり、昨年8月のチリでは2.9米セント/kWh、同9月アブダビでは2.4米セント/kWh、今年5月のインドでは3.8米セント/kWhが記録されている。日射量が多く土地の値段が比較的安いこれらの地域では、キロワットアワーあたり2米セントから4米セントがあたりまえになりつつある。

 かねてより競争力のある電源として拡大してきた風力は、2011年の238GW(2億38百万kW)から、2016年の488GW(4億88百万kW)と、過去5年間で設備容量を倍以上増やしている。中国はここでも2016年に23GW(23百万kW)を導入し、トップを走る。風力は、コストについても、モロッコ、米国、エジプト、ブラジル、ペルー、南アフリカ、オーストラリアなどで、キロワットアワーあたり3−4米セントを安定して記録している。そして、今まで最も高い自然エネルギーと思われていた洋上風力でも、昨年5.3米セントという一昨年には想像もできなかった価格が出ている ⅱ 

 世界の自然エネルギーへの投資は、2015年、化石燃料(ガス・石炭)投資への3倍だった。もっとも熱心なのが中国で、自然エネルギーの拡大・投資の舞台は中国に移っている。2015年には、米国の2倍の投資を行っている ⅲ 

 振り返れば、パリ協定が合意された2015年のCOP21は、「100%自然エネルギー」が「標語」だった ⅳ 。世界的な大企業たちが、自らの使う電力を100%自然エネルギーにしていくことを宣言し、気候変動の国際交渉を加速させた ⅴ 。こういう取組が可能になったのも、自然エネルギーのコストが低下したことが大きい。大口需要家が、特別なコストを払わなくても、自然エネルギーを選択できる、むしろ、価格の不安定な化石燃料よりも、自然エネルギーの方が安定して安く購入できるようになったのだ。

 こうして、自然エネルギーの効率化と拡大は、気候変動の国際交渉を後押ししつつ、また、後押しされつつ進んできた ⅵ 。いまや自然エネルギーは、世界の多くの国と地域で、すべてのエネルギーの中で、最も安い電源となっている。

 米国の中をみるとどうだろうか。特に顕著なのは太陽光の伸びであり、2016年には中国に次ぐ約15GW(15百万kW)を導入、風力も中国に次ぐ約8GW(8百万kW)を導入している。

 世界的な自然エネルギーの雇用は全体で980万人だが、うち米国では、78万人が自然エネルギー産業で働いている ⅶ 。特に太陽光発電の雇用は2016年には25%増えて37万人以上となり、石炭発電の8万6千人を大きく上まわっている(石油とガスの採掘が18万人、石炭鉱が5万人程度) ⅷ 

 トランプ大統領の支持者のうち84%が米国内での太陽光の拡大を望んでおり ⅸ 、なんと、米国の風力発電の86%が、実は共和党支持地域にあるという ⅹ 

 フォーブスが発表したランキングで世界トップ企業の1位から順にみると、1.Apple、2.Google、3.Microsoft、4.Facebook、5.Coca-cola、6.Amazonとなるが ⅺ 、これらは、前述の100%の自然エネルギー利用を行うと宣言し行動している企業であり ⅻ 、いわずと知れた米国の世界的企業である。

 パリ協定からの離脱は、協定のもとで定められる国際ルールに米国が参加できないことを意味し、米国自らがリーダーシップをとって世界のエネルギー転換を加速することや、それによる米国の多大な利益を放棄することにつながる懸念もある。

 しかし、世界全体で加速する自然エネルギー拡大の流れは、この離脱によって大きな影響を受けることはないだろう。前述のように投資の舞台は中国に移っており、現在の拡大は、自然エネルギーのコスト低下に支えられているからだ。米国においても同じ状況であり、米国の自然エネルギー拡大はこれからも続く。

 大統領の離脱表明の可能性が報道されるようになって、すでに多くの米国の州政府や自治体や化石燃料産業を含む産業界が、気候変動対策の強化に向けたあらたな決意を表明している。全米最大の州、カリフォルニアは既に2030年に電力の50%を自然エネルギーで供給する目標を定めているが、現在、州議会で議論が進んでいるのは、2045年までに自然エネルギー100%を目標とする法案だ。

 化石燃料から自然エネルギーを基盤とする脱炭素経済への転換は、気候変動の危機回避を可能にするだけでなく、米国も含めた世界全体の豊かで持続可能な成長を実現するものだ。トランプ大統領の今回の決定は、こうした理解を全く欠く誤った選択である。しかし、米国の企業、州政府や自治体の多くは、連邦政府の誤った選択を乗り越えていくだろう。


 ⅰ Snapshot of Global Photovoltaic Market 2016 - 2017 Edition, IEA PVPS, 2017
 ⅱ 自然エネルギー財団連載コラム「日本の自然エネルギーが安くなるのはいつなのか?」2017年5月12日
Bloomberg New Energy Finance Summit, Michael Liebreich, 25 April 2017
 ⅲ Renewable Global Status Report, REN21, June 2016
Bloomberg New Energy Finance Summit, Michael Liebreich, 25 April 2017
 ⅳ 自然エネルギー財団コメント「世界は自然エネルギー100%に向けて踏み出した−パリ会議は世界の気候変動協定に合意」、2015年12月12日
 ⅴ 連載コラム「米アップル社:100%自然エネルギーを実現する」2017年4月21日
提言「企業での自然エネルギー活用を促進するために」2017年4月22日
 ⅵ 連載コラム「信念と希望、そしてエネルギー革命」、スティーブ・ソーヤー、2016年3月28日
 ⅶ Renewable Energy and Jobs -Annual Review2017, IRENA, May 2017
 ⅷ U.S. Energy and Employment Report, the U.S. Department of Energy, January 2017
 ⅸ Clinton, Trump supporters deeply divided over use of fossil fuel energy sources, Pew Research Center, 31 October 2016
 ⅹ Republican know wind energy is a good deal, Wind Energy and Electric Vehicle Review, 8 May 2016
 ⅺ Forbes: The World’s Most Valuable Brands, Forbes, 2017
 ⅻ RE100% Companies, the Climate Group, 2017

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