連載コラム 自然エネルギー・アップデート

究極の分散型電力システム:WASSHAの取り組み

2015年7月16日 高橋洋 都留文科大学教授・自然エネルギー財団 特任研究員

分散型電力システム

福島原発事故以降、日本でもエネルギー転換の必要性が叫ばれ、「分散型電力システム」といった言葉が聞かれるようになった。筆者も、3.11以前から「集中管理型」から「自律分散型」への移行を主張してきたが、確立された定義は存在しない。多くの論者が一致する基本的な理解は、再生可能エネルギー(再エネ)などの分散型電源を基幹にすることだろう。さらに、マイクログリッドやスマートコミュニティといった地域単位の需給システムを指す場合もある。あるいは、(筆者のように)分散的な主体である消費者によるデマンドレスポンスを含める場合もある。

いずれの場合も、巨大な電力会社が、巨大な発電所を過疎地に建設し、併せて長大な送電網も整備し、一方的に大量送電し、都市部の莫大な電力需要を充足させるといった、旧来の電力システムへのアンチテーゼといった意味が、込められている。本稿で紹介したいのは、集中型システムの対極にある、究極の分散型の電力供給への挑戦の事例である。

デジタルグリッドソリューションズによるWASSHAプロジェクト

東京大学の阿部力也教授らが立ち上げた技術ベンチャー企業デジタルグリッドソリューションズ(DGS)は、2013年からケニアやタンザニアなど東アフリカで地域限定の電力供給サービスを展開している。世界的に電力需要は拡大しているものの、サハラ以南のアフリカ地域の68%が未電化であるという。しかし、大規模発電所や送電網の建設には巨額の費用と10年もの期間が必要であり、特に人口密度が低い発展途上国ではそのような投資は難しい。そこでDGSは、オフグリッドの電力供給サービスWASSHA(スワヒリ語で点火するという言葉に由来)を開発した。

その柱は、太陽光パネルと蓄電池である。太陽光パネルも蓄電池も場所を選ばず、わずか1時間で設置が終わり、すぐに発電・蓄電ができる。太陽光パネル2枚(0.3kW程度)の電気で、携帯電話や小型家電の充電を概ね1日中できる。要するに、電力会社がいなくても、送電網がなくても、すぐに電力供給を開始できるのである。

図:WASSHAの仕組み

出典:WASSHAウェブサイト http://www.wassha.com/

そのビジネスモデルは、関連機器のレンタルから始まる(図)。太陽光パネルも蓄電池も極めて小規模のシステムだが、ケニアやタンザニアの人々には高価である。そこで、WASSHAが一式を地元のKioskにレンタルすることにした。どこの田舎町にもある地域商店のKioskには、毎日地元の人が集まる。そこで充電サービスが受けられるとなると、人々は昼に夜に携帯電話を持ち込む。これまでは、2時間以上かけて都市に充電に行っていた人も少なくなかったという。

1回20~30円という充電料金は、地元の物価からすれば高めだが、携帯電話の必需性に鑑みれば、十分に価値がある。電力にアクセスできるということは、それだけ貴重なことなのである。Kioskは、この充電サービス収入からレンタル費用をWASSHAに払う。人々が集まることで、Kioskの他の商品が売れるという効果もあるだろう。またKioskは、ラジオやLEDランタンなどの充電機器のレンタルも行う。これにより地域の電力需要が高まり、充電サービスの売り上げも増える。

究極の分散型電力供給

どうしてこれが究極の分散型なのか?第1に、どの地域にも存在する太陽光という再エネによる小規模発電だからである。第2に、送電網を必要とせず短期間で構築できる、自律的な仕組みだからである。日本の再エネ事業者が系統接続に苦労しているのとは、対照的と言えよう。第3に、これらの結果、発展途上国でも、小さなKioskでも、普通の市民でも、容易に取り組めるからである。特にWASSHAでは、レンタルというビジネスモデルにしたため、ハードルが低く誰でも参入できる。エネルギー学者のA.ロビンスは、“Small is Profitable”と指摘しているが、小規模だからこそリスクが低く、多くのプレーヤーが切磋琢磨するため経済性が高くなる。

このような話は、電力より先んじて分散化が進む通信の世界では、既にお馴染みである。即ち、固定電話の時代には、各家庭までの引き込み線を含む電話網の整備に長期間を要し、発展途上国は大きく出遅れた。しかし1990年代に携帯電話が実用化されると、無線による分散型のシステム構築は格段に容易なため、発展途上国でもあっという間に普及した。固定電話網がない後発国だったからこそ、携帯電話網への需要が高く、また反対勢力も存在せず、普及が加速されたのである。これが、leapfrog:蛙飛びという現象である。オフグリッドの充電サービスこそ、集中型電力システムの既成概念を覆す、電力分野におけるleapfrogと言えよう。

さらにWASSHAでは、顧客管理などのシステムにおいても、現地で普及しているスマホのアプリを活用し、また決済については携帯電話のプラットフォームを通している。これらも分散型で低コストであり、効率的に多店舗展開がしやすい。大規模な電力会社とは異なり、特注の顧客管理システムを必要としないのである。

今後の分散型電力供給の可能性

WASSHAは、あくまでビジネスとして展開しており、調査費用を除けばODAなどの資金に依存しているわけではない。現状では赤字だが、対象となるKIOSK(2015年7月10日現在54店舗)が拡大すれば、十分に採算が取れるという。また、単なる充電サービスに終わることなく、これを土台として遠隔教育や遠隔医療といったコンテンツビジネスを展開することも考えられる。オフグリッド地域は広大な未開拓市場であり、今後の経済成長が見込まれるだけに、大きな可能性を秘めたビジネスになりうるのである。

確かに送電網が十分に整備された日本では、このような分散型の仕組みは必要ないかもしれない。しかし、スマートコミュニティなど地産地消の仕組みを考える際には、参考になるだろう。また、日本企業がオフグリッド地域に事業展開するならば、有力なモデルになるかもしれない。系統接続や送電網建設の問題で(政治的に)論争している間に、蓄電池の価格が劇的に下がれば、送電会社や送電ケーブルメーカーのビジネスが取って代わられる可能性もある。

後ろ向きにできない理由を並べて反対し続けるか、前向きにできる方法を開発して、新たな市場を作り出してしまうか。今我々は、集中型から分散型への世界的な岐路に立っているのである。

謝辞:WASSHAの情報を快く提供してくれた、阿部力也東大教授及び秋田智司DGS代表取締役CEOに心より御礼申し上げたい。

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