連載コラム 自然エネルギー・アップデート

日本の省エネは「乾いた雑巾」ではない
-「省エネの失われた20年」を終わりにしよう-
初出:『環境ビジネスオンライン』 2015年5月11日掲載 英語版

2015年7月2日 大野輝之 自然エネルギー財団 常務理事

前回のコラムで、経済産業省のエネルギーミックス(電源構成)案が、自然エネルギーの導入に著しく消極的であること、国際的にも異例な石炭火力発電重視を内容とするものであることを見てきた。これらと並んで、もうひとつの大きな問題は、「省エネにも消極的」という点である。

経産省が「長期エネルギー需給見通し小委員会」第8回会合に提出した資料では、2030年度の電力需要は、2013年度実績から減らすどころか1.4%増加する想定になっている。しかも、更に問題なのは、その内訳を見てみると、家庭部門では約2割の削減を目標としながら、産業部門については22%もの増加を見込むという、いびつなものになっていることだ。

CO2削減でも産業部門に甘い目標

電源構成案とほぼ同時に、国は2030年の温室効果ガス削減目標の案も示している。その内容が、1990年比で見れば、EUの40%削減目標に遠く及ばない18%削減に留まっており、日本政府自体が国際公約している2050年の80%削減と整合を欠くものであることは、既に各方面で批判されているので、ここでは繰り返さない。

このコラムでふれておきたいのは、この削減目標が、エネルギーミックス案と同様に産業部門には、とりわけ甘いものになっている、という点である。国が示した「日本の約束草案要綱案」によれば、2030年度のエネルギー起源CO2の削減目標は、2013年度比で、業務部門40%減、家庭部門39%減、交通部門28%減となっているのに対し、産業部門は6.5%減にすぎないのである。

仮に産業部門にも業務部門、家庭部門と同様の4割削減の目標が設定されれば、全部門合計の削減目標(2013年度比)を現在の25%から37%へと、12ポイントも上乗せすることができる。

「乾いた雑巾」という神話

産業部門に対して、こんな甘い目標を設定するのは、国が依然として「日本の産業界は省エネ対策をやりつくして、もう省エネの余地がない」という「乾いた雑巾」論に立っていることの証しだ。

この「乾いた雑巾」論が全く誤ったものであることは、経産省が公表しているデータだけを見ても明らかである。図1は、「エネルギー白書」2014年版に掲載されている日本の製造業のエネルギー効率の推移である。確かに1973年の石油危機以降、80年代の半ばまでは改善が進んだが、それ以降20年余、停滞したままだ。

図1 20年余、改善していない製造業のエネルギー消費原単位

出典:エネルギー白書(2014)

断熱材の劣化で製造業のエネルギー消費10%のロス

もっとも、「乾いた雑巾」論者は、エネルギー効率が改善しないことを示すこのグラフを見ても、逆に「省エネをやりつくした証拠だ」と強弁するかもしれない。そこで紹介したいのは、経産省の設置した「省エネルギー小委員会」に、省エネルギーセンターが提出した資料である。この資料では、全部門に共通する問題として、「設備老朽化やメンテナンス不足によるエネルギーロスの増大」があると指摘し、以下のように述べている。

  • バブル期前後に導入した設備は、軒並み耐用年数を超え設備の老朽化が進展。
  • 更には経営環境悪化による補修費削減やベテラン人材リタイア等によるメンテナンス不足や更には設備機能劣化などにより、エネルギーロスが増大しているのではないか。

その上で、具体例としてボイラーなど「熱供給設備における断熱性能劣化」をあげている。これは、屋外配管の老朽化やメンテナンス不足で、断熱材が写真のように劣化している状態を指し、これによる熱の損失だけで、「我が国の製造業のエネルギー消費の10%以上になる大きな損失」という驚くべき指摘を行っている(図2および写真)。

図2 製造業消費エネルギーに占める保温材熱損失(右写真:配管が露出している実際の例)

出典:経済産業省 省エネルギー小委員会(第3回)配布資料より抜粋

断熱材の劣化で製造業のエネルギー消費の10%が失われているということは、この点の対策を行うだけで10%程度の省エネが可能になるということだ。しかも、これは一例にすぎない。

とてもではないが、産業部門や製造業は「乾いた雑巾」というような状態にあるわけではないのだ。

コマツの電力半減プロジェクト

実際、意欲的な民間企業の中には、自主的に大幅なエネルギー削減に取組む企業がある。代表例は、コマツ(小松製作所)の「電力半減プロジェクト」だ。コマツの取組みは、あちこちで紹介されているから詳しくは書かないが、注目されるのは、生産プロセスの見直しにまで踏み込んでエネルギー効率化を進めている点である。同社は、「ポンプやモーターなど補機類のインバータ制御化やきめ細かな停止により加工中、および待機中の電力使用を削減します。加工速度向上、設備稼働率向上により、加工時間、待機時間双方を短縮します」としている。また、産業部門では従来、軽視されがちだった照明や空調などのユーティリティ部門にも着目して、ここでの電力削減を進めているのも特徴的である。

省エネの可能性を実現する政策が必要

日本には、業務家庭部門だけではなく、産業部門にも大きな省エネの可能性があるし、企業の中には、自主的に積極的な取組みを進めているところもある。しかし、省エネの大きな可能性を全面的に引き出して、日本全体のエネルギー消費のあり方を効率化し、温室効果ガス排出量の大幅削減を実現するためには、自主的な取組みにまかせるだけでは不十分である。

これまでの国の省エネ施策は、一貫して自主的な対策の推進どまりになっていた。今回の省エネルギー小委員会の議論でも、「これまでの議論の中間的整理」の中で、既存の施策の不十分さへの認識は示しつつも、「省エネルギー対策に係る国の役割」として、「規制に関して言えば、国として事業者に対し誘導的なガイドライン等を示すことは有効であるが、経済的・技術的に到達が困難な範囲まで事業者の行動を制限するような規制は逆に事業者の成長の妨げとなる」と述べ、あらかじめ採用しようとする施策の範囲を限ってしまっている。

国が検討することすら放棄している政策のひとつには、「総量削減義務と排出量取引制度」、いわゆるキャップ&トレード制度がある。日本での導入が東京都だけにとどまり、国が見送っている中で、この制度は韓国や中国にまで導入が拡がってきた。強力にエネルギー効率化を進めるこうした施策の導入を怠れば、「省エネの失われた20年」は更に長引き、日本は「世界一の省エネ大国」どころか、既に自然エネルギーの導入でそうなってしまっているように、省エネ後進国に転落してしまうだろう。そんな事態は、何としても避けなければならない。

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