連載コラム 自然エネルギー・アップデート

電力自由化と原子力発電

2016年1月28日 高橋洋 都留文科大学教授・自然エネルギー財団 特任研究員

 年が明けてから、電力自由化についてマスメディアの取材を受けることが多くなった。いうまでもなく、4月の小売り全面自由化を控えて一般消費者の関心が高まりつつあるからであろう。その際によく聞かれるのが、自由化すると原発はどうなるのか?ということである。
 再稼働すれば原発は低コストだから既存電力会社が圧倒的に有利になるという話と、原発は実は高コストだから自由競争下では立ち行かなくなるという話とが、混在しているように思われる。原発については、短期で既設について考えるのか、長期で新増設について考えるのかによって、考え方が大きく異なることに注意する必要がある。ここでは、両者の関係を整理してみたい。

長期:原発のリスクと新増設
 第1に長期について考える。下のグラフは、主要先進国の原発の設備容量の推移を、2000年を100%として見たものである。石油危機後1980年代にかけて、いずれの国も原発を急ピッチで開発したが、1990年代には横ばいになり、2010年以降は減少する国も目立っている。新増設が止まってしまったわけだが、この一因となったと言われているのが、1990年代以降の電力自由化である。

図 主要先進国の原発の設備容量の推移(2000年=100%)

出典:IEA, Electricity Information 2012, 2015

 その理屈はこうである。原発は極めてリスクが高い電源と言える。数十年間かけて計画・建設し、数十年間運転し続けることが想定されている。原子炉1基の建設に5000億円、あるいは最近では1兆円以上もかかると言われており、この巨額の初期投資は大きなリスクになる。
 住民の反対によって完成したのに運転できなかったり(例えば、オーストリアのツヴェンテンドルフ原発)、運転できても政策転換や安全規制の強化により莫大な追加コストがかかったりしうる。さらに放射性廃棄物の最終処分については、いずれの国でも目処が立っておらず、目処が立ちつつあるフィンランドを含めて、最終的なコストはよく分からない。そして万が一過酷事故が起きれば、日本最大の電力会社でも債務超過を免れない事態に陥ることは、ご存知の通りである。どの電源にも様々なリスクが伴うが、原子力のリスクの大きさとは比べ物にならない。
 法定独占の時代には、様々な予期せざる追加コストを事後的にでも総括原価に転嫁することができた。前述の原発のリスクも、「国策民営」の下で最終的には政府が何とかしてくれるだろうという安心感があった。しかし電力自由化後には、認可料金が廃止されて長期的なコスト回収を誰も保証してくれなくなり、また消費者の意向も気にしなければならなくなる。このような環境下で1民間企業が原発の新増設に投資することは、難しくなるのである。

短期:原発の稼働と限界費用
 第2に短期については、既設が議論の対象となる。ここで出てくるのが、限界費用という概念である。限界費用とは、単位当たりの追加的な生産にかかる費用を指す。既に発電所が存在している前提の下で、1kWhの電気を作り出すためにいくらかかるかということであり、ほぼ燃料費に等しい。ここでは、初期投資を考慮せずに(埋没費用)、原発を稼働させるか石油火力発電所を稼働させるかという目先の選択をするため、ウランという燃料費が低い原発は有利になる。従って、原発を多数保有する電力会社は、再稼働が実現すれば燃料費を下げることができ、競争上優位に立つ。
 もっとも、短期でも原発は高コストだという議論もある。例えば、前述の放射性廃棄物の処分費用は廃棄物の量に、従って発電電力量にある程度依存する。また、過酷事故時の損害賠償保険が十分ではないが、この保険料も運転しなければ大幅に削減できるだろう。これらの不確実で不十分なコストは本来原発の限界費用の一部であり、正確に運転コストに反映させれば、既設でも例えば老朽化したものは割りが合わなくなるということだ。

電力自由化と市場介入
 以上をまとめると、短期的には既設の原発は価格競争力を持ちうるが、長期的には新増設は停滞すると考えられる。そして原発の市場におけるコストとは、電源の価格競争力とは、最終的には政策次第ということになる。短期にしろ長期にしろ、建設から最終処分までの全ての費用を適正に事業者に負担させ、合理的に経営判断させれば、その電源の真の競争力が見えてくる。
 もちろん、自由化とは全てをレッセフェールに委ねることを意味しないので、特定の電源に対する支援策や抑制策を否定するものではない。炭素税や再生可能エネルギーの固定価格買取制度も、この観点から正当化される政策と言える。イギリスにおける原発に対する差額決済契約制度(固定価格買取と同様に一定の売電価格を長期間保証する)も、同様の観点からの政府による市場介入である。
 とはいえ、電力自由化を成功させようというのであれば、市場メカニズムを機能させるためには、このような市場介入は出来る限り少ない方がよい。そして市場介入が必要な場合には、誰がどのような理由でどのように負担しているかを透明化することが、求められる。消費者に適切な情報を提供し、市場を通した取引を最大限活用することが、自由化時代のエネルギー政策の基本姿勢と言えよう。

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