連載コラム 自然エネルギー・アップデート

「原発停止による3.6兆円の国富流出」試算の検証2015年版
政府試算に反映されない省エネルギーや自然エネルギーによる燃料費抑制効果 英語版

2015年10月16日 分山達也 自然エネルギー財団 上級研究員

経済産業省の各委員会で用いられてきた「原子力発電の停止に伴う燃料費の増加」の推計について、結果と現実との乖離がさらに拡大している。

今年4月、経産省の電力需給検証小委員会は、2014年度の原発停止に伴う燃料費の増加分を「3.4兆円」と推計した ⅰ 。この数字は、原子力発電再稼働の必要性・緊迫性を示す数字として、経産省の総合資源エネルギー調査会の各委員会や、『エネルギー白書2015』に引用されていて、メディアでもよく引用される数字である。政府は、2012年以降、半期ごとに最新の数字を試算し、公表している。

一方で、これに対して、自然エネルギー財団では、2010年度から2014年度にかけての、実際の燃料費増加分の試算を実施した。結果は「1.8兆円」となった。冒頭で紹介した電力需給検証小委員会における推計値「3.4兆円」はこの倍近い数字である。なぜ電力需給検証小委員会の推計は、実際の燃料費の増加分を大きく上回ってしまっているのであろうか。その理由は、電力需給検証小委員会における推計方法にある ⅱ 


図 原子力発電停止に伴う燃料費の増加分の試算結果(2014年度)

まず、電力需給検証小委員会の試算は、2010年度から2014年度に実際に増加した火力発電量や燃料費を試算したものではない。もし福島第一原子力発電事故もなく2014年度も原子力発電が順調に稼働していたら2,748億kWh(2008~2010年度の平均原子力発電量)を発電し、この発電量は化石燃料約3.4兆円分を代替することが可能であった、というシンプルな仮定を推計したものである ⅲ 

これに対して自然エネルギー財団では、実際に2010年度から2014年度に増加した火力発電量の燃料費の「実績」を試算している。統計によると2010年に原子力発電は2,882億kWhを発電していたが、2014年度の火力発電は2010年に比べて2,882億kWhも炊き増していない。

実際には、省エネルギーが定着し、自然エネルギーが普及するにしたがって、一般電気事業者における実際の火力発電の炊き増し量は2014年度で約1,638億kWhに抑制された ⅳ 。この火力発電の炊き増し量を、電力需給小委員会で用いられている燃料単価で試算した燃料費が1.8兆円である。電力需給検証小委員会における試算は、このような火力発電の炊き増しを抑制している要素を考慮しないため、実際の燃料費の炊きまし分を大きく上回ってしまっている。

電力需給検証小委員会の試算の問題点は、まず実際には1.8兆円であった原子力発電の停止に伴う火力発電の燃料費増加を3.4兆円と過大に試算していることである。そして、この試算方法は、日本社会が省エネルギーの定着や自然エネルギーの普及によって燃料費を大きく抑制してきたことを隠してしまうという、大きな問題をはらんでいる。財団による試算である「1.8兆円」が示すように、原子力発電の再稼働より早く、事業者や消費者の省エネルギーや自然エネルギーの取り組みが、燃料費の抑制に大きく貢献したことは、大きな意義がある。今後も、省エネルギーや自然エネルギーの拡大により、2010年比の火力発電炊き増し量は、1.8兆円よりさらに減少する可能性が高い。

また、この1.8兆円は2011年以降に大きく上昇した燃料価格の影響(約0.8兆円)も含んでおり、燃料価格上昇の影響を省いた原子力発電の停止の影響は約1兆円であったと試算される ⅴ 。2011年以降に大きく上昇した燃料費には、このような燃料価格の上昇という価格要因も含まれており、燃料価格上昇の影響まで含めて原発停止の影響とすることは妥当ではない。

今年に入り原油価格は大幅に減少し、震災以前の水準に達している。今後の原油価格次第ではあるが、2015年度の燃料費の増加は、燃料価格の影響(約0.8兆円)が大きく減少し、実際に1兆円に近付くと考えられる。その上で、省エネルギーや自然エネルギーの普及による火力発電の炊き増し量の減少が期待される。

原子力発電の停止によって増加した燃料費を削減し国富の流出を止めるためには、現実的には、原子力発電の再稼働ではなく、省エネルギーの定着や自然エネルギーの普及が重要な役割を担うことになるだろう。


 ⅰ 電力需給検証小委員会報告書
http://www.meti.go.jp/press/2015/04/20150430003/20150430003.html
 ⅱ 自然エネルギー財団では、これまでもこの試算の問題点をレポートで指摘してきた(2014年3月「原発停止による 3.6 兆円の国富流出」試算の検証、など)。
 ⅲ 代替する化石燃料の構成は直近の火力構成が考慮されている。
 ⅳ 電力需要が他電力へ移行している影響も含まれると考えられる。
 ⅴ 燃料価格が2010年水準のままであった場合の、2014年度の原子力発電の停止に伴う燃料費の増分を試算した。


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