連載コラム 自然エネルギー・アップデート

独立規制機関の必要性:電力取引監視等委員会に期待する

2015年9月11日 高橋洋 都留文科大学教授・自然エネルギー財団 特任研究員

2015年9月1日に電力取引監視等委員会が発足した。これは、電力分野(来年以降はガス分野も)を対象とした高い独立性を有する規制機関であるが、そもそもどうして今独立規制機関が必要なのか?

かつて日本に限らず世界中で、電力取引は法定独占が原則であった。法定独占は、一方では独占企業を競合他社から保護する仕組みであるが、他方で独占企業を消費者に対して制約する仕組みでもある。政府は規制当局として電力会社の手足を縛る一方で、政策当局として、経済合理性がない場合も含めて公共政策上の目的を追求させることができた。例えば、消費者対策の観点から電気料金を特に低く抑えたり(韓国)、安全保障の観点から原子力の開発を指導したり(フランス)してきた。もちろん現実には、常に独占企業=被規制企業が弱いということではない。独占企業が専門性を盾に政府を「規制の虜」にしたり、政治力を行使して自社に都合の良い方向へ政策を誘導したりすることもあった。いずれにしてもそこでは、政策の企画・推進と規制が一体化しており、独立した規制機関の必要性はない。

自由化を選択すれば、このような政府の個別電力会社(発電事業者、小売り事業者)への指導や介入が難しくなる。電力の需給を市場に委ねるということは、電気をいくらで販売するか、どの電源を開発するかは、競争企業として自由に決めることを意味する。もちろんそれは、電力会社の横暴を許すということではない。価格設定次第では電気を買ってもらえないこともあるし、電源によっては大損を被ることもある。電力会社は利潤最大化のために、あるいは市場において生き残るために、政府の意向よりも消費者の選好を気にしなければならなくなるのである。

日本でも、2016年4月から小売り全面自由化が実施される。しかし、過去60年以上の伝統を有する日本の独占市場に健全な競争を起こすことは容易ではない。今後も当面の間は、旧来の独占企業が圧倒的な市場支配力を有し、新規参入者は競争上極めて不利な環境に置かれるであろう。それは、1995年の発電市場の自由化から20年が経過してもほとんど競争が生じていない事実が、十分に物語っている。そこで必要なのが、競争条件を適正化し、市場を活性化するための競争政策である。

政治学では、再規制:reregulationという概念がある。自由化:liberalizationという規制改革:deregulationの結果、規制の量は減らずに寧ろ増えるという、一見矛盾するような現象を指す。もちろん、不要な規制はなくすべきであろう。しかし、電気事業法を改正するだけでは健全な競争は生じない。競争を原理的に否定する規制を廃止する一方で、競争を本格化させると共にその弊害を是正するためには、政府側にそれ相応の努力が必要なのである。その競争政策を担うのが、独立規制機関なのだ。

それでは、どうして独立機関なのか?何からの独立なのか?一般に独立機関の議論においては、①市場の利害関係者からの独立、②他の行政機関からの独立、③政治からの独立の3点が挙げられる。競争政策上の独立機関において特に重要なのは、①市場の利害関係者、即ち被規制企業からの独立である。

旧来の独占企業は、政府の担当部局と一体になって政策的配慮を踏まえた事業展開を行ってきた。そのパートナーが、そのままの陣容で明日から反対方向の政策を展開することは難しい。自由化によって不利益を被る独占企業は、当然これに反対するだろう。新規参入者はもちろん、これまでの政府当局以上の専門性を有している相手に対峙して競争政策を徹底するには、高い専門性に裏打ちされた利害関係者からの独立が不可欠である。

1990年代の電力自由化を受けて、多くの欧州諸国では独立規制機関が設置された。その組織形態や所掌内容は多様であるものの、送電網を公正に開放させたり卸電力取引市場を活性化したりすることで競争政策を徹底するという目標については、共通している。そのため、利害関係者と接する際の透明なルールを設けたり、法律家や会計士といった専門家を大量に採用したりしてきた。

9月1日から始動した日本の電力取引監視等委員会には、高い専門性を持つ5名の委員が選ばれた。いずれも電力システム改革の趣旨を理解し、利害関係者からの中立性も確保されそうだ。委員会を支える事務局には、当初は資源エネルギー庁から70名程度が異動したが、今後外部の専門家を大量に採用していくという。

電力システム改革を成功に導くには、高い専門性を有する独立規制機関が必要不可欠である。電力取引監視等委員会が、十分にその本来の役割を果たすことを心より期待したい。

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