連載コラム 自然エネルギー・アップデート

世界的なエネルギー転換に必要なのは新しいビジネスモデル
大規模エネルギー事業者は分散型のエネルギー生産という現代の潮流を無視してはならない 英語オリジナル

2014年4月18日 ステファン・シュリグ 世界未来協議会 気候エネルギー部門 ディレクター

世界的な自然エネルギー転換のためには、3つの段階を経ることが必要だ。第1段階は技術を開発し、それを市場価値のあるレベルにまで発展させること。第2段階は価格を下げることで、少なくとも従来のエネルギーシステムより安価に提供することが求められる。そして、第3段階は、分散型エネルギーの生産と次世代型流通システムにもとづいて、既存のエネルギーインフラを段階的に最新化していくことである。つまり、包括的な自然エネルギーの経済を通じ、化石燃料と原子力の使用を廃止していくことを意味する。

この3つの段階は重複する部分が大きく、技術や国によって今どの段階にあるかは異なるが、すでに第1段階と第2段階はほぼ達成できていると言っていい。なかでも、風力や太陽エネルギーの発電技術については、確実に達成できている。一方、第3段階は最初の2つの段階と比べてはるかに困難にみえるが、その原因となっているのは技術的な問題ではない。既存のエネルギー企業が、自分たちのビジネスモデルに固執して、多数の小規模なエネルギー生産者からなる新しい市場環境を受け付けようとさえしないことが障害となっている。未だに既存の電力会社の多くが、自然エネルギーの導入を意図的に阻もうとしている。こうした例については、欧州や、ドイツでの最近の自然エネルギーの進展からいい教訓を得ることができる。

世界的に求められているエネルギー転換について、欧州は、長年先導的な役割を果たしてきた。欧州は、気候変動への取り組みも先頭に立って行ってきた。実際、欧州連合(EU)での自然エネルギーの目覚ましい導入を、世界的経済危機のなかの希望の光ととらえた専門家も多かった。2000年から2009年の間、EUは自然エネルギーの新しい世界経済を開拓し、多大な利益を上げることに成功した。わずか数年のうちに、製造業だけでなくサプライチェーンの全ての過程において、何十万もの雇用が生まれたのだ。

さらに良かったのは、何十万もの農家や小規模協同組合、住宅所有者などの個人が、この「エネルギー革命」の担い手となったことだ。たとえばドイツでは、総エネルギー消費に占める自然エネルギーの比率が、2000年の3%から2010年には25%に増加した。世界の自然エネルギー容量の3分の1以上がEU域内で導入され、その量は、水力を除いて130ギガワットに上る(1億3000万kW)。2009年の「再生可能エネルギー促進指令」では、最終エネルギー消費に占める自然エネルギーの比率を2020年までにEU全体で20%にするという目標が設定されたが、現在のEUはその目標の達成まで残りわずか6.6%に迫っている。この成功は、2000年からの10年間での自然エネルギーの大幅導入によるものだ。

しかし、現在、多数の小規模なエネルギー生産者の存在は、大手電力会社にとって深刻な脅威となっている。先日のロイターの報告によると、ドイツの電力会社であるE.ON社、RWE社、EnBW社は、「エネルギーヴェンデ」(エネルギー大転換)に頭を悩ませているという。繰り返しになるが、これは乗り越えられない技術的な問題が原因なのではない。既存の大規模エネルギー事業者自身が、長年にわたって新しいエネルギー業界の流れに反して、時代遅れのビジネスモデルに固執してきたことが、自らの首を絞めている。

消費量の低下と自然エネルギー電力の成長によって、ドイツの電力卸売価格は2008年から60%下落し、石炭、ガス、石油を燃料とする火力発電所の稼働は採算がとれなくなった。前述のドイツの電力会社たちが所有する12GW相当の原子力発電所も、国による原発の段階的廃止計画に基づいて、2020年までに廃炉作業が始められる予定だ。

RWE社は40億ドル近い資産を失うことになる。RWE社の最高責任者は、この状況を「エネルギー供給史上最悪の構造的危機」であると述べている。危機? その通り! だが、それはすべて自ら招いた危機なのだ。

現在のドイツや欧州とそれほど変わらない状況が、これから世界中のさまざまな地域で起こることになる。化石燃料や原子力による電力や熱を販売して利益を得てきた既存の大規模エネルギー事業者は、可能な限り自分たちのビジネスモデルを守り続けようとするだろう。しかし、自然エネルギーのコストが大幅に低下したことで、自然エネルギーの市場での普及を意図的に遅らせようとすることはできなくなる。今こそ、これまでの戦略を見直して未来に向けて歩み始めるべき時である。特に、既存のエネルギー事業者にとっては、まさにその一歩を踏み出すべき瞬間が来ているのだ。